楽曲を聴いて、それを図形楽譜に表す活動をすることで、「構成活動」を仕組むという実践発表があった。実際に模擬授業を受けたのであるが、楽しく活動ができた。
楽曲分析の疑似体験が楽しい
ということを感じることができた。
このような思考プロセスを間におかないと、鑑賞授業において、批評力は高まってこないだろう。
2点、気になったことがある。
1つは、わざわざ楽譜が存在するクラシック音楽を聴いて、図形楽譜にする必要が本当にあるのか、ということである。確かに、自分が楽曲分析する時、メモ的に図化したりすることはよくある。だが、授業として、何か、本道ではないような感じがするのである。
逆に、楽譜が存在しない楽曲だからこそ、やってみたい、というのもある。(難しいだろうけど)
もう1つは、それこそ、民族音楽や日本音楽における「楽曲分析」とは何か、その疑似体験を楽しくするとはどういうことか、ということである。(まずだいたいあそういうアプローチが必要か否か?)
「構成活動」を意図することで鑑賞の能力を高めようとする実践は自分も拙いながらやったことがある。(自分はサウンド・エデュケーション的にやった)
しかし、それを限られた時数の中で行い、さらにその成長を評価しようとするとなるとなかなか大変だった覚えがある。しかし、生徒は楽しく取り組んでくれたことが印象に残っている。
楽曲分析の楽しい疑似体験=構成活動
を鑑賞授業の中に効果的に仕組めるようになりたいものだ。
(そういえば、この疑似体験に「対話」はつきもの? そうか!自然と対話が起こるような「活動」を仕組んでやればいいのか!)
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