2009年9月11日金曜日

1人で考えることの限界と仲間からの発言のありがたさ

先日、後輩から、先日のブログを読んだとのことでメールをいただいた。無断で掲載する。
(この人は教育とは全く関係のない仕事をしている、合唱仲間です)

「自分の好きな音が見つからなかった~って子はすごいなぁって思いました。きっとその子の中には表現できないすてきな音があって、それに匹敵する実世界の音を見つけられなかったんだろうなって勝手に。私だったら何聞いても同じに聞こえる気がするし、まあこんなとこかなあと簡単に妥協するだろうから。昔、Y先輩が新聞のインタビューに答えていたのを横で聞いていたとき、作曲を始めたのは自分が聞きたい音楽がなかったから、じゃあ自分で作ろうと思ったからみたいなことを言われていたのを思い出しました。音が見つけられなかったといった子が将来すごい人になったりして…」

こういう何気ない発言から大切なことを学べる。
発信するって恥ずかしいけど大切だな。リアクションが自分の発信以上の思考の材料になる。

この発言から、やっぱり安易に好きな音探しや好きな音楽について語るという学習目標を授業で設定しない方がいいことを強く思った。(特に新潟人・上越人は。メールをくれた後輩も上越人)

メールいただき、ありがとうございました。
また今後ともよろしくお願いいたします。

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