2009年9月24日木曜日

鑑賞を「教える」スタイルとは?

教師とし・合唱人としての大先輩が言った。
「あの高校野球の監督達が、みんな選手を『子どもたち』と呼ぶことに違和感がある」
高校生といえばもう立派な人間だ。人様のお子さんを預かっておきながら、その言い方は上から目線なのではないか、とのことである。
まぁ、それが正しいかどうかおいておいて。
「あなたはどうかね?」
と聞かれた時に考えてしまった。

お恥ずかしながら…自分が余裕がない時に、生徒に対して自分が上に立とうとする意識が働くような気がする。そしてそれが多いような気がする。
逆に、生徒と対等に物事をがんばれた時、自分が余裕をもって生徒と接する時、そんな意識はない。そしてそれはとっても少ないような気がする。
つまり勉強が足りないのである。

鑑賞の授業において、鑑賞者と共にある、ということはどういうことか。
教師と生徒が対等の立場で楽曲について、音楽について語り合える…そんな授業、できるかなぁ。

もっと難しいのは、授業だけそうでも、生徒は信頼してくれないだろう。
どんな教育活動でもそういうスタイルでいないと…それがまた授業に反映されるのだから(それは違う意味でいやというほど実感してきた)。

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