先日、高校合唱部OB会の合宿の酒宴にて。
80歳の大先輩が、シベリウスやベートーヴェン、モーツアルトについて熱く語っていた。
確か本業(?)は高校の教員(数学だったかな?)、音楽は趣味の範疇。今は南米の歴史に夢中らしい。
そのお話を聞きながら、
「音楽を本線とした人生を歩んでいなくても、80歳になって、自分の好きな音楽について一言語れる」
ようになるためには、どうすればいいのか、ということを考えた。
そして、そのためには、どのような授業たればいいのか。
もちろん、そのために授業なんて微々たる力でしかない。
でも、せめて種を蒔きたいまきたい(たとえ芽が出なくても)。
ではどう蒔くか。
岡田暁生氏が、『音楽の聴き方』の中で、
「音楽の営為が「すること」「聴くこと」「語ること」のトライアングルからなる」
と述べている。
つまり、「しかた」「聴き方」「語り方」を意識しなければならない。
「しかた」はまだしも、「聴き方」「語り方」を、あるいは「聴き型」「語り型」を授業することは、まだまだ研究の余地があるだろう。
何よりも80歳の大先輩は、自分なりの論をもっていたことに感銘を受けた。
音楽について語り合うことはやっぱり楽しい。
その基礎を多くの子どもたちに身に付けることができるような授業ができる人間になりたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿