2011年8月9日火曜日

音楽鑑賞の授業が対話型になっていますか? 5

授業について述べる前に…。

先日、ある研修に行った時のこと。

世の中には「○○教育」って言葉が、たくさんありますよね。そのうちの1つについての研修だったのですが…。

その「○○教育」の「教育(授業)の内容」が何項目かあって、

・~~~であることを伝える
・………であることを伝える

というのがずらっと並ぶんです。
私には「これって、授業と言えるのか?」と違和感があったんです。

ただ、最後の項目だけ、

・生徒が△△△できるように指導する。

とあって、「これは授業でしかできない!」と納得できたんです。
(でもその前の何項目ある内容を「伝え」たからと言って、目指す指導になるとはちょっと思えなかったのですが…)

このように、現場と理論には、ちょっと壁がある。
怒られるかもしれないけど、

「○○教育」=「○○の授業」

という図式は成り立たない。

「○○教育」を具現化するために、「○○の授業」をする

のだと思う。

だのに、こういう研修に限って、「教育」について語られるのに、「授業」そのものについて語られることはほとんどない。教育を語れば授業を語ることになると勘違いしている。そう、リアリティがない。それが違和感であり、つならなさになる。

つまり、同じように考えると、

「音楽教育」を具現化するために、「音楽の授業」をする。
「音楽鑑賞教育」を具現化するために、「音楽鑑賞の授業」をする。

となる。
ところが、「音楽鑑賞の授業」について語られる場はなかなかない。
(あれ? 「音楽鑑賞教育」についても…?)

語る場がなければ、自分で作るしかない。

というわけで、次回から(こそ)、音楽鑑賞授業について、それを対話型にすることについて、述べていきたいと思います。

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