2013年1月28日月曜日

生徒は本当に「音楽」を聴いているか?

 授業で「5分間音楽」という活動を行っている。  
 1~3年全14クラス同じ曲を聴く。特に解説もせず、一言感想ともう一度聴きたいかどうか評価を書いてもらう。そのすべてに目を通し、何人かの感想をピックアップして教科通信を作り、曲の開設や乾燥の書き方などの指導をする。
 モーツアルト作曲《きらきら星変奏曲》を鑑賞した。耳慣れたメロディーが出てくるので、生徒の関心は高かったように思う。
 感想に目を通す。「夜空に星が輝いている様子が目に浮かんだ」「たくさん星がキラキラしている」などと書いてくる生徒が多かった。
 ふと思った。
 もちろん、周知のとおりこの曲の旋律はもともと「きらきら星」という歌詞ではない。モーツアルトは「きらきらひかる…」なんてことは全くイメージしないで作曲しただろう。しかし、多くの生徒は星々のイメージを感じ取る。なぜか。
 思うに、「きらきらひかる…」という言葉を前提に感じ取ってイメージしているのではないか。言葉>音楽になっているのではないか。
 生徒に好きな音楽とその理由を問う。「歌詞がいいから」という理由が圧倒的に多い。音楽より先に言葉を聴いてイメージを膨らませているのではないか。
 生徒の中には、学習したことを踏まえて、音楽を形作っている諸要素を知覚し、そこから感受した雰囲気やイメージを書く生徒もいる。「高い音と低い音を同時に弾いていて、暗い所に星が光っている感じがする」「途中から速くなって、流れ星がいっぱい流れてる感じがした」などなど。これも、「きらきら星」という歌詞を知らずにこの音楽を聴いてこのような感想が書けるか、といったら疑問である。前提に「きらきら星」の歌詞というイメージがあっての「知覚・感受」になってしまっていないか。
 もちろん、知識や背景、物語や詩などと共に音楽を味わうのが鑑賞の醍醐味である。ただ、背景にあるものが勝ちすぎてしまっていないか、本当に音楽を聴けているのか、ということに強い疑問を抱いてしまったのだ。
 また、生徒の中にある知識や言葉が、音楽をイメージするのに大きな影響を与えているとするならば、鑑賞授業はどうあるべきなのか、また悩んでしまったのだ。
 とにかく、多くの生徒の《きらきら星変奏曲》の聴き方は、芳しくないことだけは間違いない。しっかり解説して、音楽に耳を傾け、それでも、「星空」を思い浮かべたなら、それはそれでいいのだろうが…。

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